<Episode14>小さな反抗期と成人式|大学2年生の頃の思い出-2

皮膚筋炎・多発性筋炎と、暮らす

こんにちは、梅子です。

前回の<Episode13>では、大学生になり初めてアルバイトを始めた頃の思い出を書きました。今回は、大学2年生の後半の頃の思い出です。

大学と偶然近かった病院へ定期検診に

中学生の頃から診ていただいている主治医の先生が、偶然にも私が通うキャンパスから近い病院に異動になりました。

海が見えるモノレールに数駅乗って、定期的に皮膚筋炎の血液検査や喘息の診察を受けていました。

この頃は、通学とアルバイトを続けるうちに少しずつ体力もつき、筋炎は静かにしてくれていました。

小さな反抗期?

車で送り迎えをしてもらっていた高校生まで、いわゆる反抗期のようなものはありませんでした。

家族やみんなにお世話になっていて、ありがたいやら申し訳ないやらで、反抗する気にもなれない…

ところが大学2年生の頃、母から「ちょっと態度がよろしくない」と言われることがありました。

表立って反抗するほどでもなかったと思いますが、今思い返すと、通学やアルバイトもできるようになり、友達と初めての携帯電話(まだスマホではない笑)で夜遅くまでおしゃべりしたり、流行り言葉を使ってみたり…。少しお調子に乗っていたのかもしれません(笑)

父との関係悪化

父は音楽が好きな人で、ごきげんな休日の朝には、アコースティックギターを弾き語りながら、私たち子どもを起こしにくるような、楽しい人でした。

一方でこの頃は、過去の仕事の重圧からメンタルの疾患を抱えながらも、母や数名の従業員さんとともに、小さな会社を経営していました。

幼い頃から人一倍可愛がってもらっていた反面、三人きょうだいの長女だった私は、一番厳しくしつけられることもありました。

そして私の小さな反抗期と父の病状が重なり、ある時、大喧嘩に。

両方にとって穏やかに暮らせるよう、私はしばらく、近所に住む父方の祖父母の家にしばらく居候させてもらうことになりました。

この後、結局実家に戻ることはありませんでした。あの時は家族みんなにとって苦しい時期だったのだと思います。後から母は、「あんなことになってしまって、本当に切なかった」と話してくれました。

そんな中で迎えた成人式

年が明けて、成人式を迎えました。(当時の成人式は20歳でした)。

母と、母方の祖母と、一緒に選んだ真紅の着物。それを父方の祖母が汗をかきながら一生懸命に着付けてくれました。

母が車で迎えに来てくれ、私の晴れ姿を見せに回ってくれました。

まずは、買ってくれた祖母のところへ。とても喜んでくれて、写真をパチリ。

そして、父のところへ。その時父は、病状が悪化し、入院していました。

喧嘩して別れたままだったのですが、照れ隠しのように、「お、いいじゃん」と、笑ってくれました。もっと、20年間育ててくれれた感謝を伝えたかったけれど、言葉にできない気持ちが溢れてしまい、あまり思うようには話せませんでした。

その後は、大学の友人と成人式へ出席。中学・高校時代の同級生にも遭遇!入院しがちだった私を知っている同級生から、「元気そうでよかった!」と言ってもらえました。

あの頃はいろいろなことがありましたが、人並みに成人式をお祝いすることができ、周りの人にも喜んでもらえて何よりでした。

お父さん、お母さん、妹と弟にも、本当にありがとう。

次回の予告

次回は、学生の間にやってみたかったことのひとつ、一人旅について書きたいと思います。

今日の一曲🎧

My Little Lover  /  Hello Again〜昔からある場所(1995年)

ちょうど20歳の頃によく流れていた、当時を思い出す一曲です。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

 

 

 

 

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