こんにちは、梅子です。
今日は、皮膚筋炎と暮らす<Episode_9>として、高校入学の頃の思い出を振り返りたいと思います。
高校生活のスタート
4月から高校生!中高一貫校のため、大きな変化はありませんが、紺色のセーラー服のスカーフが高校生用に変わり、同じ場所に通う中学生よりちょっぴり大人になった気がしました。新しいクラスにはどんな友達がいるかな?期待と不安半分に、教室に入りました。とっても明るいクラスでした!
入院が多かった中学時代を留年せずに進み、同級生たちと一緒に高校へ進めたこと、本当に周りの支援があったからこそ。ありがたいです。
引き続き、通学の送り迎えや体育の見学など、無理をしない生活をさせてもらい、そのおかげもあってか、入院は少しずつ減りました。写真を見ると身長は一番低かったけれど、ムーンフェイス(顔が丸くむくむプレドニンの副作用)は落ち着いていました。
喘息との向き合い
高校に入って少し安定してきた頃、思いがけず新しく出てきたのが「喘息」でした。
寝る前に「フルタイド」という予防吸入薬を使っていましたが、発作時は「メプチンキッドエアー」が頼りでした。胸に貼るタイプの治療薬もありました。
ただ、メプチンをつい頼って使いすぎると、副作用で脈が早くなることもあり、夜中に救急で強い吸入や点滴を受けたこともあります。両親には本当に面倒ばかりかけてしまいました。
皮膚筋炎で筋力も少ないため、発作で咳が続いた後は、体力も消耗し、腹筋も痛くなり、クタクタになりました‥
大人になった今は、予防薬で発作を抑えることができるようになっています。
筋生検の思い出
皮膚筋炎の検査の一つとして「筋生検(筋肉の細胞を採取して調べる検査)」を受けました。
3歳の頃の太ももと、高校の頃の二の腕前に、それぞれ3cmほどの痕が残っています。
この検査の恐怖ポイントとして、生きた細胞を採取するために「麻酔ができない」‥その瞬間はドキドキでした。
「大丈夫だ、一瞬だっ!」と自分を励ましながら乗り越えたことを、今でも覚えています。
思ったより何とかなりました。
結果は、皮膚筋炎の炎症した痕跡はありつつ、今は落ち着いた状態とのことでホッとしました。
一年生の文化祭
元気な一年生の時の思い出として、文化祭があります。
有志グループで「クイズ!レベルの差なんて!?」というクイズ大会を企画・運営しました。
景品は街で無料の”試供品”などを集め、クイズをたくさん用意し、当日は指差し棒を持って司会。「正解!おめでとうございます!」などと、皆で盛り上げました。
通学が友達と一緒ではなかった私にとって、このイベントに取り組んだ時間は貴重で楽しい思い出になりました。
また、舞台発表(ダンス部・軽音部・演劇部・チアリーディングなど)を観覧するのも楽しく、同級生や先輩方のキラキラした姿がとっても素敵で憧れました。
ピアノの発表会
また、6歳から続けさせてもらっていたピアノは、気がつけば10年が経っていました。
高校生になり、発表会で弾いたのは、シューベルトの即興曲90-2。
(YouTubeで演奏している方のご参考)
流れるような美しいメロディで始まり、途中で切ない旋律に変わり、最後はドラマティックに終わるこの曲が大好きでした。
父母も妹弟も祖父母も叔母も、発表会には度々足を運んでくれました。ありがとう!
(学校ではあまり活躍する姿を見せられなかったけれど、その分ピアノが私のステージでした。)
低身長で手のひらも小さく、最後まで一オクターブは届きませんでしたが、ピアノのおかげで弱いはずの筋力も、指先だけは強くなりました。
そして音楽は、大人になった今でも私にとって大切な世界であり続けています。
今日の一曲
そんな高校生活の思い出と重なる一曲がこちら。
プリンセス プリンセス『KISS』(1991年)
当時、女子バンドといえばプリプリ全盛期。文化祭でもコピー演奏されていました。
特にこの曲は、イントロからキュンとするハッピーで大好きな一曲です。
次回は、高校生生活の思い出(後編)を綴ります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!